国民が知らない憲法改正の争点~政治家・官僚が侵している憲法違反の数々

日本国憲法の問題点を考える

『日本国憲法はすでに死んでいる』

ほとんどの日本人は、
「日本国憲法は世界に誇るべきもの」だと思っていることだろう。

しかしながら、その実態は
すでに干からびたミイラのようになっていることをご存じだろうか?

存在はするものの、生きているとは言い難い。

なぜなら、現代の日本では、公然と憲法違反が行われている状況であり、
それを知らない人が多すぎるのだ。

7月の参院選には憲法改正も争点になるであろう。
その主要な論点は9条問題になると思われる。

だが、真に問題にすべきところは9条ではない
それよりもっと論じなければならない条文がある。

そのことを一人でも多くの方に知っていただきたく、
この記事を書いていく。

少々長くなるが、大切なことなのでお付き合い願いたい。

福島県民の置かれている違憲状態

自分は福島県在住なので、
東日本大震災と原発事故後の
被災者・被災地の置かれている状況を目の当たりにしている。

それを見るにつけ、福島県民が日本国憲法に守られていないことを実感する。

震災からもう2年が過ぎようとしている。
しかし、未だ15万人以上が故郷を追われ、避難生活を強いられている。

農家は耕作ができず、勤務先を失った労働者は生活のため転職せざるを得ない。

第22条1項

何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

保障されているはずの居住、移転及び職業選択の自由を奪われている。

原発は豊かな生活を送るための国策なので、
事故を起こすリスクも公共の福祉に該当するのだろうか?
(福島第一原発の電気は東京に送電され、福島県では使っていない)

長引く避難生活や仮設住宅暮らしで健康を害する人が後を絶たない。
故郷に戻れない悲しみや地域コミュニティが分断された孤独から、
孤独死する方や自殺する方まで出ている。
震災関連死だ。

第25条

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

健康も最低限度の生活を営む権利も失われているし、
国が改善のために努力しているようにはとても見えない。

農作物や酪農、漁業、観光業などは、
放射性物質による汚染と風評被害で、
過去に前例のない甚大な被害を受けている。

福島県民は被爆していると他県民から直接的・間接的な差別を受けている。
福島ナンバーの車がいたずらされたり、
福島県民の若者が婚約破棄されたりするケースもあった。

第14条

すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

福島県民は被差別民になってしまったが、
政府は本腰を上げて風評被害対策に乗り出す気配がない。
福島県人の苦しみはいまだに続いている。

国は、早期に除染して帰還を目指すとしているが、
一度除染したところで、雨や風で山や森から放射性物質が流れてくると
すぐに元の線量に戻ってしまう。

一度汚染された土地は、元に戻らないことは、
地元の人なら誰もが実感している。

そもそも、放射性物質を取り除くのではなく、
集めて他の場所に移すだけなのだから、
「除染」ではなく「移染」が日本語として適切だろう。

さらに言えば、集めた放射性物質の仮置き場すら確保できず、
そこの地中に埋めているだけなのだから、根本的な解決になっていない。

そんな土地や建物の資産価値は、
どれほど下がることになるのだろうか?

第29条

財産権は、これを侵してはならない。

国策で進められてきた政策で、国民の財産が不当な損害を受けている。
金銭で賠償すればいいという問題ではない。

ざっと見ただけで、
福島県民はこれだけの違憲状態に置かれている。

第99条

天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

国務大臣、国会議員、その他の公務員(要するに官僚)は、
憲法を尊重する義務を負いながら、全く守ろうとしていない。
選挙や政党の利益、自分の省庁の権益、天下り先の確保のことしか頭にない。

こうした違憲状態に置かれているのは福島県民ばかりではない。

  • 四大公害訴訟
  • アスベスト
  • 薬害エイズ
  • バブルの対応の失敗とデフレによる資産価値の減少
  • 拉致問題の未進展
  • 沖縄の米軍基地問題

など、日本国民は多くの生命、財産、権利を失い続けてきた。

第13条

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

つまり、最大の問題は、
このように基本的人権が侵害されながらも、
国民がそのことに気付いていないことだ。

冒頭で、
『日本国憲法はすでに死んでいる』と言ったのは、
正にこのこと。

憲法は、ありがたがっているものではなく、
活かして使うべきものなのだ。

憲法改正を考える上で、重要なのは9条ではなく、
第13条、基本的人権の尊重がなされていない点だと声を大にして言いたい。

長くなったので、続きは次の記事に。

次回→憲法のあるべき姿~何のための憲法か?

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